ティアフォーIPO決算分析|「無料で公開したソフトウェア」が、トヨタとSOMPOを引き寄せる理由
自動運転OSSのAutowareを無償公開しながら10年赤字が続くティアフォー。トヨタ・SOMPO等が資本参加する理由を収益構造から読み解く。
この記事の3つの学び
- 中核技術Autowareを無償公開することで業界標準を握り、量産化の実装支援という有料領域で収益を得る「無料と有料の二層構造」がこの会社の経済的な堀になっている
- 売上が前年比65.6%増える一方で経常損失も拡大しているが、その大半は研究開発費と人員体制強化への再投資であり、意図的に利益を残さない設計になっている
- 現時点の売上はMobility ServiceとSolution Serviceという実証実験・政府委託中心の「単発収益」が主体で、量産車両向けのライセンス・ロイヤルティという「繰り返し収益」はまだ立ち上がっていない
はじめに——この会社は、10年間、一度も儲けていない
2026年6月、株式会社ティアフォーが東証グロース市場への上場を申請した。
自動運転レベル4のソフトウェア企業。 売上高64.1億円、経常損失55.0億円。従業員392人。創業10年。
この数字を見て、最初に思うことはこれだ。
「売上が伸びているのに、損失も伸びている」
普通の会社なら、これは危険信号だ。しかしティアフォーの有報を読み進めると、まったく違う構造が見えてくる。
この会社は、自社の中核技術「Autoware(オートウェア)」を、無料で世界に公開している。誰でも、タダで、使える。競合企業でさえ使える。
なのに、トヨタ自動車、SOMPOホールディングス、KDDI、ヤマハ発動機、いすゞ自動車、スズキ、東海旅客鉄道——日本を代表する大企業が、次々とこの会社と資本を組んでいる。
無料のものを配って、有料の関係を掴む。
この逆説の中に、ティアフォーという会社の本質がある。
第一章——赤字が拡大するほど、規模が拡大する会社
まず数字で骨格を掴む。
売上高は、 2024年9月期が38.7億円、 2025年9月期が64.1億円。 前年比65.6%増だ。
一方、経常損失は同期間で48.3億円から55.0億円に拡大した。
売上が1.65倍になったのに、損失も1.14倍に増えている。
普通の企業なら「損失拡大」は失敗の証拠だ。しかしこの会社の損失の内訳を見ると、話が変わる。
販売費及び一般管理費が前年比3,498百万円増加し、121.6億円になった。その大半は研究開発費と人員体制の強化だ。
つまりこの会社は、売上が伸びた分だけ、その先の技術開発に全額を投じ直している。
儲けを残さない。儲けを、次の技術に変換している。
これを「非効率な経営」と呼ぶ人がいる。だが逆の問いを立ててみたい。
自動運転レベル4という、まだ世界のどこにも量産の答えがない技術領域で、儲けを溜め込むことに、何の意味があるのか。
第二章——「無料」を武器にする、オープンソース戦略の経済学
この会社の収益構造の核心は、Autowareという名のオープンソースソフトウェアだ。
2015年、創業者の加藤真平氏が名古屋大学の研究室で開発し、無償で世界に公開した。現在、GitHub上でのコード貢献者は600人、そのうち68.2%はティアフォーやパートナー企業に属さない外部の開発者だ。プロジェクトへの支持を示す「Star」の数は11,584件に達している。
普通の企業なら、自社の中核技術をタダで配るなど考えられない。
だがここに、この会社が仕掛けている構造がある。
Autoware自体は無料だ。しかし、それを実際の車両に組み込み、量産水準まで仕上げるには、高度な技術的補完が必要になる。ここでティアフォーは、独自の「リファレンスデザイン」と「マイクロオートノミー・アーキテクチャ」という設計思想を軸に、有料の技術提供を行う。
無料のソフトウェアで業界標準を握り、有料の実装支援で収益を得る。
このモデルの何が強いか。
競合が同じAutowareを使おうとしても、量産化のノウハウは蓄積できない。ティアフォーは創業から46.9万キロメートルの走行データを積み上げている。オープンソースの技術は誰でも使えるが、量産化の経験は誰にも渡せない。
これが、この会社が主張する「経済の堀」の正体だ。
第三章——3つの事業が描く、収益の地図
ティアフォーの売上は、3つのサービスに分かれる。
Mobility Serviceは、自治体や交通事業者向けに自動運転バスを提供する事業だ。2025年9月期の売上は22.7億円、構成比35.4%。
Development Serviceは、自動車OEMなどとの量産開発事業だ。売上13.3億円、構成比20.8%。2026年5月時点で協業先のOEM・Tier1サプライヤーは合計18社に達している。
Solution Serviceは、技術支援や政府委託事業だ。売上28.1億円、構成比43.9%と、実は3つの中で最大を占める。
ここで気づくことがある。
現時点の売上の柱は、実証実験と政府委託という「今だけの収益」が中心だ。本当の勝負である量産車両向けのライセンス・ロイヤルティ収入——つまり車が売れるたびに入ってくる「繰り返しの収益」——は、まだ立ち上がっていない。
開発プロジェクト顧客数は7社から9社、そして2026年3月時点で13社まで伸びている。この数字が今後どこまで積み上がるかが、この会社の将来を決める。
ここまで読んだあなたは、この会社の「表の顔」を掴んだはずだ。
無料で技術を配り、有料の関係を掴む。赤字を掘りながら、量産化の経験という誰にも渡せない資産を積む。
だが、本当に確かめるべき問いはここからだ。
10年間赤字を続けてきた会社の現金は、本当に持続可能なのか。 SOMPOホールディングスが議決権の24.1%を握っているという事実は、この会社の意思決定に何をもたらすのか。 そして、創業者・加藤真平という一人の人間への依存度は、上場後もこの会社を支え続けられるのか。
さらに、この会社が政府補助金にどれだけ依存しているかを数字で確認したとき、あなたは「自動運転の民主化」という美しいビジョンの裏にある、もっと生々しい現実に気づくはずだ。
続きでは、キャッシュフロー計算書が語る本当の資金繰り、大株主SOMPOとの関係のリスク、そしてこの会社がAI時代にどう生き残るかを、数字で解剖する。
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